本件訴訟で天羽が被告中西氏を応援することになった理由
本件訴訟は2007年3月に第一審判決が言い渡され、既に確定しています。このページは、ネット上の表現を巡る紛争の記録として、そのままの形で残しているものです。
この訴訟で、私が被告の中西氏を応援するようになった経緯と理由の説明です。応援することをを決めたときは、まだ情報が少なかったので、それに基づいて書いています。なお、情報が集まってからわかってきたこの訴訟の問題点は、別に議論します。
---apj(水商売ウォッチングの中の人)
訴権の濫用ではないのか?
実のところ、本件訴訟が起きるまで、私は中西氏をよく知らなかった。「雑感」が公開されているウェブサイトは、どここからリンクをたどっていくつか読んだ記憶がある。もともと環境問題は専門外なので、特に文献調査などはしていない。原告の松井教授(京都大)に至っては、今回初めて名前を知った。そんなわけで、「雑感」には、2005年3月頃に提訴された話が出ていたのだが、私が知ったのは2005/05/12で、阪大の菊池さんのところのブログでとりあげられているのを見たことがきっかけである。それで、あちこちウェブを探していたら、原告代理人弁護士が出したプレスリリースを見つけた。
まあ、芸能人でもないのに、名誉毀損訴訟で原告側がプレスリリースを出すこと自体が異例だとは思ったが、読めば原告の主張がわかるだろうと思って読んでみた。ところが、どう読んでも、なぜ訴訟をしているのかがさっぱりわからなかった。さらに、訴権の濫用ではないかという結論に至った。
国際会議で行われた松井氏の発表について、終わった後で中西氏が批判したら、それを理由に松井氏が訴えたというものである。じゃあ、中西氏は一体どんなひどいことを書いたのか?と思って、隅から隅までプレスリリースを眺めてみても、
1)「環境ホルモン問題は終わった、次はナノ粒子問題だ」というような発言をした。
2)新聞記事のスライドを見せたが、原論文も読まずに記事をそのまま紹介した。
これだけである。本当にこれだけしか無いのか?と思って再度注意深く読んだが、プレスリリースから得られた「名誉毀損にあたるらしき表現の内容」はどうがんばってもこれだけしか出てこない。こんなことがなぜ名誉毀損になるのかが、さっぱりわからない。1)と2)が真実でないなら、普通の対応は「発言内容を誤解された」と主張してもう一回説明するというものになるだろう。何だか「国際会議の発表内容を聞き違えてそのままウェブに書いたのは名誉毀損である」と主張しているようにしか見えない。
こんな訴訟をしている理由は、プレスリリースの後の方で、代理人の中下弁護士が堂々と書いていた。
本件は、決して、松井氏が個人的な名誉回復だけを求めて提訴したものではない。松井氏が提訴に踏み切ったのは、次のような理由からである。
これがプロの弁護士の書くことかと、最初は信じられなかった。名誉毀損訴訟というのは、そもそも、名誉の回復と損害の賠償を求めて行うものである。それ以外の理由で名誉毀損を理由に他人を訴えるなど、きいたこともない。これは、裁判所の目的外利用に他ならない。それでも、訴訟の当事者であれば「名誉を傷つけられて腹が立って仕方がないから自分が納得するためにも訴えてやる!」と感情的になることはあってもおかしくはないだろう。しかし、代理人弁護士がいれば、そういう訴訟の枠組みとは関係のない感情の部分は、普通は出さないものではないか。名誉毀損訴訟というものは「これこれの内容を公表されたので社会的名誉が低下し、回復措置と損害賠償を求めてもちっとも相手が応じないから提訴する」という形になるはずのものである。
中西氏のように、国の科学技術のあり方を決定する立場の人が、そのような誤った認識を持ち、その結果、国が政策決定を誤ることになれば、国民の健康や生態系に取り返しのつかない事態も招来しかねない。
いやだから、そういう意見を持つことは自由だし、そういう理由で中西氏を批判するのも自由だとは思うが、その意見を通すための解決策が、民事の名誉毀損訴訟だというのは、何かが根本的に間違っているのではないか。中西氏が「環境ホルモン問題は終わった」と考えていたとしても、それこそ、これまでの研究経過によってどういう意見を持つかは科学者の自由のはずである。その意見に異議申し立てをしたいのなら、科学の土俵でやればよいのであって、裁判所でやるというのは、裁判所の目的外利用、つまり訴権の濫用じゃないかと思う。裁判所は学会ではない。それに、アレルギー性疾患の原因として環境中の化学物質の問題が「懸念されている」だけで、反対意見を持つ人に対して訴訟をしかけるというのは、ちょっと尋常ではないように思う。文章をそのまま読むと、中西氏が終わったと主張したのは「環境ホルモン」問題であって、「化学物質一般の害」の問題ではない。どうも、巧みに、対象となる物質の範囲をすり替えているように見える。プレスリリースなんだから、ちゃんと考えて書いた文章の筈だが、これは一体どういうことだろうか。
さらに、中西氏は、「環境ホルモン問題は終わった」と考えておられるようであるが、これは大変な間違いである。
(中略)
松井氏は、研究者として、国民の一人として、中西氏のこのような誤りを断じて見過ごすことはできないものと考え、貴重な研究時間を割いて、敢えて本件提訴に踏み切ったのである。
訴訟の目的が「名誉の回復と損害の賠償ではない」と明言している。法律素人の松井センセが言うのならともかく、代理人弁護士がこんなことを提訴の直後に言ったら、裁判官の心証を思いっきり悪くしそうに思える。被告としては、このプレスリリースを乙号証として提出し、「名誉毀損といえるほどの内容はそもそも無かった。本件訴訟は名誉毀損とは関係のないことを争うために起こされたのであって、訴え自体にほとんど意味がない」と裁判官の前で主張できそうである。
そもそも、裁判所で取り扱うのは、
裁判所法第三条(裁判所の権限)
裁判所は、日本国憲法 に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。
とあるように、「法律上の争訟」だけであって、環境ホルモン騒動が済んだ話かどうかを司法で判断するなんてことはそもそもあり得ない。法律素人の松井センセが勝手に勘違いしたというのならわからないでもないが、プロはそんな勘違いはしないものだと思っていた。代理人弁護士は一体何を考えているのか理解に苦しむ。
どうも、原告は、自分たちの内容に公益性があるから提訴した、と言いたいらしいが、これもおかしな話しである。「公益性」を主張するとしたら、名誉毀損で訴えられた側が、名誉毀損にあたらないことを主張し防衛するときであろう。原告の方から公益性を主張して行う名誉毀損訴訟というのは、相当に変なことではないのか。どうも「訴訟のための訴訟」をしかけているようにしか見えない。
当初、私は、「ダイオキシン・環境ホルモン国民会議」(原告代理人の中下弁護士がここの事務局に参加している)か「化学物質問題市民研究会」(プレスリリースや訴状を掲載したサイトの管理運営をしている)がバックにいて仕掛けてきた訴訟なのではないかと疑った。しかし、今のところそれを示す証拠はないし、国民会議の方は、自分たちとは無関係だと主張しているらしい。調べていくうちに、むしろ、日本内分泌撹乱化学物質学会(通称環境ホルモン学会)の思惑がからんでいるのではないかと思うようになったが、これについては別途議論する。
裁判管轄の謎
さて、ネット上で本件訴訟に関する情報を探していたら、第1回口頭弁論を傍聴に行った人がそのことを書いていて、管轄が横浜地裁だとわかった。
原告の松井教授は京都大学所属だから、京都府あるいは京都大学への通勤圏のどこかが住所になるはずである。不法行為で訴えるときの管轄の裁判所だが、民訴5条9号により、「不法行為があった地」が適用される。じゃあ、今回のようなネット越しの名誉毀損発生の場合どこになるかというと、不法行為は松井教授の勤務地と解されるのではないか。私も遠隔地の相手に対する名誉毀損訴訟の原告をやろうという案件を抱えており、裁判管轄について弁護士に相談したところ、私の勤務地の裁判所に訴状を出すように言われた。地方都市間の移動は大変だし個人の争いなので便利さを考慮して東京地裁を使うつもりだったんだけど、「山形地裁に移送されるよ」って言われてしまった。
ただし、民訴12条で、第一審で被告が管轄違いの抗弁を提出しないで弁論した場合は自動的にその裁判所が管轄裁判所になることが定められている。普通は、訴訟実行の便利さを考えて、原告住所地で提訴し、その後移送請求を出したりして管轄をどこにするかやり合ってから弁論になると思っていたのだが、今回は最初から横浜地裁に提訴したということなのだろうか。
原告代理人の弁護士の事務所の所在地が東京都港区である。普通、素人が民事訴訟を起こすときは、自分の住所地の近くの弁護士に仕事を頼むものである。訴訟で勝つつもりがあるなら弁護士とのコミュニケーションは欠かせない。遠隔地の弁護士に依頼したら、打ち合わせに必要な時間と金が跳ね上がる。京都の人が横浜の人を訴えるのに東京の弁護士を使うというのは、無いとは言わないが希なケースではないだろうか。
代理人弁護士のプレスリリースといい、松井氏が、本当に名誉回復を目的として本件訴訟を提起したのか、大いに疑問を感じる状況である。
訴訟の行く末と私個人の利害
こんなことをウェブログや掲示板に書いていたら、「環境ホルモン騒ぎが終わっては困る人達が得をする」のではないかという指摘があって、なるほどと思った。さらに「中西先生が訴えられたということがメディアに取り上げられることが目的」だそうで、まだまだ「世間」に残っている「訴訟への偏見」を利用して、中西先生の信用を落とすことが目的ではないかという指摘もあった。さらに、食品安全情報blogで、
今回の件では中西先生の勝敗が心配なのではありません。
「訴訟をおこされたら面倒だから、何も言わず、問題があっても関わりにならない方が賢い」と考える科学者や関係者が増えることが最も恐れることです。
という意見が出たりした。これには全く同感であった。私も、別に中西氏のシンパではないが、「水商売ウォッチング」などというコンテンツをやってる以上、他人事ではない。怪しげ企業の御用聞き学者を堂々と批判することだってあるわけで、これに対してセンセイから名誉毀損訴訟を仕掛けられる可能性は充分にある。だからこそ、ここで中西氏に下手な負け方をしてもらうと困るのだ。広い範囲で萎縮効果をもたらす可能性があるから。それこそ、判決文を持って、私が水の方でやっている批判を止めさせようとする人だって出てくるかもしれない。もちろん、もしそういうことがあったら徹底的に戦うが、それでも、中西氏が勝訴した場合に比べて手間がかかることは確かである。
そこで、何とかして中西氏を応援したいと思ってblogにいろいろ書いていたら、同じように応援したいという人がコメントをつけてきて、カンパはどうするのかとか質問が出るようになった。それで、中西氏に連絡をとって、第二回口頭弁論が終わった後に打ち合わせをして、とりあえず専用のウェブサイトを作ることにした。
私は、中西氏のシンパは当然応援する側に回るとか支援組織を作るとかするだろうと予想していた。だから、今回は、シンパじゃないけど専門家の意見表明について同じ専門家が訴えるような訴訟を許してはいけないし、濫訴もいけないと考える「シンパじゃない人たち」の受け皿を作るつもりでいた。そうしたら、中西氏のシンパは誰も支援団体作りには動いていなくて、私が事務局をすることになってしまった。
今回、中西氏を応援する理由は、表現の自由という自由権の侵害が行われたからというのではなくて、情報発信をする一専門家の立場から、情報発信によって利益・不利益を受ける人の間の利害の調整をどうするか考えたときに、本件訴訟は妥当でないと判断したということによる。
なお、ここに書いたのは、私個人が被告中西氏を応援する理由である。つまり、比較的近い将来にわたっての私自身の批判活動の自由に差し障りそうな要因をあらかじめ排除する方向で動いておきたいということである。
まあ、支援活動ということになれば、この理由以外で(たとえば、中西氏のシンパだという理由で)応援したいという人だってやってくるだろう。応援する理由は各自が考えれば良いことだから、活動に参加してくれる人は拒まないという方針でいきたいと思っている。