準備書面(3)(2006/06/01)
準備書面(3)(被告:中西氏提出書類)
本件訴訟は2007年3月に第一審判決が言い渡され、既に確定しています。このページは、ネット上の表現を巡る紛争の記録として、そのままの形で残しているものです。
○に数字は機種依存文字であるので、半角の1)、2)などに置き換えた。文中のページ数は、A4の紙に印刷されたもののページ数なので、html版とは一致していない。
平成17年(ワ)第914号 損害賠償請求事件
原告 松井三郎
被告 中西準子
準備書面3
2006(平成18)年6月1日
横浜地方裁判所民事第9部合議係 御中
被告訴訟代理人 弘中惇一郎
同 弁護士 弘中絵里
記
1 原告は、訴状請求原因第2の2項(2)(=5ページ)において、問題の事実摘示とは、1)原告が、すでに環境ホルモンは終わったものと考え、別の新たな課題へと関心を移していること2)原告が、原論文を十分に吟味することなく、新聞記事をそのまま紹介したこと の2点としていた。
しかし、このうちの1)については、学者が「新たな課題へ関心を移すこと」はごく一般的なことであり、そのことが不名誉とされる理由も考えられないことであった。したがって、仮に、被告がそのような事実摘示をしても、それで名誉毀損問題など起こるはずのないことであった。
そもそも、原告は、もともと土木を専門としていたが、その後も研究テーマを変え、実際、ナノについても、本件のシンポジウムからまもなく、文科省の科学研究費補助金を「ナノ素材の毒性・代謝機構とその環境影響評価」という研究題目の研究について受け取っているのである。
2 ところが、原告は、準備書面(3)の9ページ〜10ページにおいて、上記1)について、事実摘示の内容を「原告は、・・・これまで環境ホルモン研究を推進し・・にも関わらず、手のひらを返したように宗旨替えをし、・・・・環境ホルモン騒動の責任をとらないままに、新たな危険情報の発信をしている」
「原告が、・・公の場において、・・・重要な事柄について・・節操のない発言をした」と大きく拡大・変更したのである。
その変更の理由について、原告は、「読者の普通の注意と読み方とを基準として、表現方法等も検討した上、前後の文脈等の事情を総合的に考慮し、間接的ないし婉曲的、黙示的に主張していると見られる事実を補うと」としている(9ページ)が、
「読者の普通の注意と読み方とを基準と」することと、「
表現方法等も検討した上、前後の文脈等の事情を総合的に考慮し、間接的ないし婉曲的、黙示的に主張していると見られる事実を補う」読み方とはあまりに異なる。
本件では、仮に「表現方法等も検討した上、前後の文脈等の事情を総合的に考慮し、間接的ないし婉曲的、黙示的に主張していると見られる事実を補う」ような特殊な読み方をしても原告のような事実を導き出すことなどできるはずがない。
しかし、それとは別に、提訴から1年以上経った時点で、「
読者の普通の注意と読み方とを基準と」しないような特殊な読み方を持ち出して、それにより、本件ホームページには、訴状記載事実を遙かに逸脱する事実が記載してあると言い出したこと自体について異議がある。
3 名誉毀損の成否の基準が、「一般の読者の普通の読み方」であることについては、争いがない。原告の言動についての事実摘示としては「新聞記事のスライドを見せて『次はナノです』と言った」というものであり、それに続く部分が、被告の個人的印象ないし解釈であることは明らかである。本件ホームページ記事を読んだ一般の人が、この記事から、原告が「宗旨替えをした」とか「節操のない発言をした」などという理解をするはずがない。
4 本件のホームページ記事が、名誉毀損にあたるものではないし、そもそも、学問的相互批判を名誉毀損として問題にすること自体が誤りであることは、これまで繰り返し述べてきた。
さらに、ホームページ記事の「驚いた」というのは「次はナノです」として研究テーマを動かしたことに驚いたのではなく、「新聞記事のスライドを見せるだけ」という、リスクコミュニケーション問題のイロハも理解しないやり方で、新しいナノ問題を取りあげたこと、しかも、それがリスクコミュニケーションのあり方を論じているシンポジウムの場であったことに驚いたのである。そのことは、前後の文章を読めば明らかである。また、ホームページ記事の主要な部分が、原告のプレゼンテーションのあり方にあったことも、これまで主張したとおりである。
そもそも、被告としては、リスクコミュニケーションのあり方には重大な関心があったが、原告が生涯をかけて環境ホルモンを研究するのか、それとも、環境ホルモン問題は原告にとって一時的な関心のテーマかなどという原告の個人的なことについては、およそ興味がなかった。
「宗旨替え」とか「節操」などという、宗教団体を思わせるようなとらえ方は、被告としては理解できないし、一般読者の常識からもかけ離れている。
5 しかし、訴訟という場であるので、被告としては、念のために以下の点も指摘しておく。
証拠上明白であるように、シンポジウムにおける原告の問題の発言部分は、「我々は予防的にどうやって次の問題につなげるのか。今回学んだ環境ホルモンの研究はどうやって生かせるのか。私は次のチャレンジはこのナノ粒子だと思っています」「我々はこのナノ粒子の問題にこれからどのように対応できるかが一つのチャレンジだと思っています」(下線被告訴訟代理人)というものである。
一般に、「今回学んだ研究を」「どうやって次の問題につなげるのか」という発言は、それまでの研究が一段落して研究対象は「次の問題」に移行した、という趣旨に理解するのが当然である。
また、「次のチャレンジ」というのは、「次に全力で取り組むべき課題」ということを意味するから、そうであれば、これからの研究のエネルギーは主としてそのテーマに向ける、という趣旨に理解するのが当然である。この発言のどこにも、環境ホルモンの問題がこれからも研究テーマの中心であるということを意味するものはない。しかも、この部分は、基調報告としての発言全体の締めくくりの部分であるから、聞いている方としては、研究テーマが環境ホルモンからナノに移ったのかと受け取るのが自然である。
6 原告の主張は、原告自身が生涯をかけて環境ホルモン問題を研究する研究者であることが広く知られていること、また、他の研究テーマに関心を移すことは悪いことだという認識を前提にするが、被告としてはそのようなことは考えたこともなかった。むしろ、研究者は、問題に柔軟に取り組み、研究テーマを変えることは是と考えていたのである。
7 なお、原告のプレゼンテーションの仕方についての被告の批判が、研究者としてまったく正当な批判であることは、これまで主張してきたことで十分と考える。付言するに、本件のシンポジウムのテーマがリスクコミュニケーションであったこと、そして、他のシンポジストが指摘したように、マスメディアがかき立てるリスク情報は誤ったリスク認識をさせるという問題があることや、ニュース価値を増すために誇張して刺激的にする(乙5の9ページの内分泌撹乱問題等)ということがある。
このようなシンポジウムの趣旨やそれまでの議論の経過を前提にするならば、いわばそれらを一切無視するように、刺激的な新聞記事だけに依拠した形でナノ粒子の有害性を強調する発言をした原告のプレゼンテーションのありかたが強く批判されるべきであるのは当然であろう。
8 原告は、原告のアブストラクトを熟読し、原告の発言を注意深く聞けば、原告の真意がわかったはずであるのにそうしなかったと、非難している。
しかし、この主張は理解しがたい。何故なら、被告は予め原告から出されたアブストラクトを読み、このシンポジウムの趣旨から外れていることから変更してほしい旨のメールを出し(甲第4号証の3)、これに対し、原告は「ご希望の点に沿う形で準備します」という返事をした(甲第4号証の2)のだが、現実には時間的な理由で、当初書かれたアブストラクトが印刷されたままとなったのである。被告は、印刷されたアブストラクトとは異なる内容のプレゼンテーションを期待していたものである。
しかし、いずれにせよ、これまで繰り返し主張したように、被告が問題にしたのは、原告の行った、新聞記事を振りかざしてナノ問題を提起したプレゼンテーションにあり、このことは当日のシンポジウムの趣旨の根幹にふれることであったので、強く批判したものである。アブストラクトともそれ以前の原告発言とも関係のない問題である。
9 なお、「原告も、インターネットで批判ないし反論をしてきた」というのは、正しくは「原告も、多数の者へのメールの送信によって批判ないし反論をしてきた」とすべきであるので、そのように訂正する。
以上